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オーディオマニアに送る 暖かいお言葉

前回の続きです  

ちっぽけな、しかし偉大なスピーカーを聞いた感想は十人十色でした
それ自体に特に私の想いはありません、どの様に聞こうと各人の自由ですから

しかしその感想の中に一定の法則はありました、人間の感情ですから当然です

ちっぽけなスピーカーを聞いた方の感想と
私がその人の御宅の音を聞いた印象とが見事にリンクしていました

人間は聞きたいものを聞きたいように聞くのです
そして、その人のオーディオからは「その人だけが聞いた」音だけが出ているのです、自分が聞くことのできない音をその人は決して出す事はできません

同じアンプ同じスピーカーを使っても、別の人が使えば出てくる音は異なる
オーディオをやっていてほとんど唯一の不動のセオリーですね


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予想以上の成果に気を良くして、沢山の”ちっぽけな”スピーカーを買ってしまいました
少々持て余し気味なのですが



一般的に使われるオーディオ界で定説の「耳のいい人」はつまり
細かい音の変化・・・ケーブルだの真空管だの敷物の音の違い・・・を聞き分ける力の事でしょう

その意味では自分なんかオーディオ界の「駄耳代表チームのキャプテン」を自負していますし
私の尊敬する先人偉人で「耳のいい人」は一人もいません


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エキサイター型が半分以上あるので、まだ音を聞いていないのが多い
何だか本末転倒のような・・・




誰だって初めのうちは「音の迫力」や「鮮度」「低音が凄い」「高音が伸びてる」「ヴァイオリンに艶がある」程度のことしか聞くことができません

長く訓練を続けることで「音楽の姿」を感じることもできるようになる人がいるかも知れません
その辺りが分かるようになってくれば、その家で鳴る音のクオリティは何をせずとも勝手に向上しているのです

ここで残念な事は、全ての人がそこに達する訳では無い  と言う事実です
すると、自分は不遇だとか 運が悪いと思う人が居ても仕方ないのかも知れませんが屈折した考えに至るかも知れません


ある人のオーディオが出す音には耳の良さよりもずっとずっと大切な要因が沢山あって

「センスの悪い人」・・・具体的なことは伏せます

「心の弱い人」・・・自身の無能を棚に上げて、今の自分の家の音を機械のせいにして、何かを変えれば音が良くなると自己弁護=責任転嫁する人のこと
つまり「グレードアップ」する・・・自分が今使っているアンプやスピーカーを完全に動作させぬまま手放す事を恥と思わない人のことです

こうした人は絶対に良い音を出せません、月に変わって私が保証します


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上記を踏まえて
今日は昔の偉い人の言葉を書き残しておきましょう

第一弾は ルーズベルト大統領夫人の エレノア・ルーズベルト



Great minds discuss concepts,
Average minds discuss events,
Small minds discuss others,
Minute minds only discuss themselves.

偉大な人たちは「コンセプト」=概念=について議論し
凡庸な人たちは「イベント」=現象=について話し合い
狭量な人たちは「他人のこと」=うわさ話しをして
瑣末な人たちは「自分自身」=己のこと=についてのみ口にする

オーディオ的視点で書き直すと

立派なオーディオをなす人は「未来の自分が進むべき道」についてアイディアやグランドデザインを発想し
凡庸なオーディオマニアは「目の前に出ている音をどうチューニング(笑)しようか、次は何を買おうか」話し合い
狭量なマニアは「あいつは音が分かっていないとか、奴は何を買ったらしい」等、うわさ話に花を咲かせ
愚かな人は「自分の機材、部屋は凄い、自分の音はこんなに良い、自分は・・・」と一方的に話して人の話を聞かずに帰る


ろおz

80年も前のアメリカのファーストレディが、こんなにもオーディオに精通していたなんて驚きです!


もう少し分かりやすくする為、先の金言を実際の会社組織に当てはめてみましょう

経営責任者  会社の中長期計画のマネジメントを行う
業務担当者  営業とか設計とかの当事者で、今季の目標を達成する
事務のおばちゃん 電話対応とかお茶だしとか旅費の精算をしながら、社内のゴシップ調査
部署内の厄介者 実力のなさを棚に上げて自分は過小評価されているとか、会社の仕組みが悪いとか責任転嫁する

たくさん居ますよね、全く意味がわからないヤツが

曰く

・オーディオメーカーがミスリードしたから悪い
・それを持ち上げて提灯記事を書く評論家が悪い
・その記事を載せるオーディオ雑誌が悪い
・今のスピーカーは販売店に薦められたから購入した、ネットのレビューも雑誌の推薦でも高評価だった
よって、悪い音がしているけれど自分の責任ではない  オーディオ業界の私は被害者だ!!



そんなに悪い社会構造だと思っているのなら、オーディオなんか止めちまえ

そんな言葉を優しくかけてあげたいと思います 






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哀しいほど精確な「写し鏡」であるスピーカー

どなたも経験があると思うが、触れた瞬間にこれはヤバイ!と感じる事があるのでは無いだろうか

どんな分野でも良い、人でも物でも音楽でも
電流に撃たれたような・・・と云われる体験についてのお話です



私が人生で最初に打ちのめされたのは、1台の古ぼけたアンプでした
二十歳の頃に使っていたアンプで

Lowther A10-F  PX4プッシュの素晴らしいアンプがありました


Lowther A10F - 1

このアンプに付けたあだ名が 「再生工場」
そうです、ヤクルトの監督をしていた当時の野村監督に付けられたあだ名と一緒です

怪我をしたり、年齢的にピークを過ぎてもうダメだろうと周囲から見られていた選手を、次々と再生して一軍で活躍させ日本一までに上り詰めた「野村再生工場」です

このアンプは
あちこちで「上手くならない」と思われていたスピーカーを預かってきて一週間ほど繋いで鳴らしておくだけで、立ち所にブンブン丸の様に活性化させたと。周囲の人から一目置かれるアンプでした



しかし、このアンプの活躍期間は思ったほど長くは続きませんでした
その理由は思いも寄らないものでした

再生工場で生き返ったスピーカーもオーナーの手元に戻って 一月どころか一週間もしないうちに
物の見事に以前の音に戻ってしまうからです

まだ青二才だった私は、その理由というか「本当の意味」を分かっていなかったのですが

その家の音はご主人の音でしか鳴らない・・・音は人なりってやつですかね

いくら他人の力を借りていい音になったとしても
主人の実力や考え方が変わらない限りスピーカーから出る音が変わることはないんだ

と言う、その後30年以上に渡る私のオーディオにおける信念のような物が形作られた瞬間でした



さて、11月の中頃に30年ぶりかと言うくらい衝撃を受けたコンポーネントに出会いました

それは1950年頃に作られた20cm口径の何の変哲も無いフルレンジ・スピーカーです
あり合わせのラジオグラムの古ぼけた箱に入っていました

箱の大きさは一辺が30cmに満たないキュービックでコロンとしていましたので、そのまま床に放置です

早速 QUADⅡ型パワーに繋いでCDPの中に入れたままのディスクでとりあえず音が出るかのチェックを行いました

若い頃のDFD(ディースカウ)がオイゲン公を歌った大好きな1枚だったせいもあるかもしれません

久々にオーディオの音を聴いてぶっ飛びました     これ、やべー


床に転がっているスピーカーとは全く無関係に、上空1mほどの空間にDFDが浮かび上がってきます
書きませんでしたが、スピーカーは一本だけですからモノラルで聴いています

ピアノの左手が本当にすごいです
WE4181x4本のフロントホーンだってこんな描写は出来ません、きいた事がありません
低弦のユニゾンの2本が別れて聞こえるようです 
肉眼では見えない超絶分解能カメラで映した映像のようだと言って構いません

それから沢山のレコードをかけました
随分と聞き込んだオイローパを部分的には凌駕する表現を発揮しました



いたく調子に乗って来客に(得意げに)聴いてもらいました

一週間ほどで10人弱の方々に聴いて頂きました

その中で、大変にハッキリと、大変に興味深い事柄が分かってきました


長くなりましたので  解決編は次回に

P.S

前回予告した  PX4ppアンプの音ですが・・・
おそらくは片方のアウトトランスの2次側巻線の位相が逆になっていたようです

アンプが完成しても音を聴いて確認なんかしない自分も
それでも、ミリバルに出ないノイズがあったらやだなあと音出しはていたのです

ただし、1台づつ順番に聴いたので2ch間で逆相になっていたなんて夢にも思いませんでした

ラッキーにも今回のオーナーは出来る人で逆相を発見・修正して聴いた感想を送ってくれました


「清潔なのにエゲツない」  でした

モノラル1台で聴いた時と印象は変わらないみたいなので  「じゃあ、いいよね」  と答えました






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デジタルなオーディオ  歌は世につれ世は歌につれ

みなさんご想像の通り、私はデジタルなオーディオに関してはからっきしです

その中で、いくつか不思議に思うことがありました

その1

横浜のTさんが2年ほど前までLUXMANの高級SACDプレーヤーを使っていて
当時は、同じLUXMANの高級セパレートアンプと ソナスの高級スピーカーだった

ご自分の家の音にどうも納得がいっていないらしく

「どうしたら良いですか?」と深夜のロイヤルホストで(青白い顔で)相談を受けたことがある
その時は、案外と軽い気持ちで「少し古いCDPを使って見たら」と答えて、早速REVOX B226という30年も前のCDPを購入し、その余りの音楽の違いに驚愕の声をあげたことがある



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その時はまだアンプやスピーカーが変わっていなかったのに

「LUXMANの SACDプレーヤーは、音楽にエコーが乗りすぎる」と力説していた
正直、そんなことあるのかなあ?と聞いていたのですが



今年になって、Mさんという方のシステムを一緒に作りましょうという段になって
CDを聞いた時に、とてつもなく嫌らしいエコーが付き纏って、深い霧の中に音楽が埋もれてしまっているように聞こえた

プレーヤーはSONYのSACD機で巷では名機と誉れ高い機種だった

その時、ハタと上で紹介したTさんの言葉を思い出した   ダメもとでCDPを変えてみよう!

そこで、MARANTZの古いCDーRを持ち込んで聞いて見た
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なんと言う事だろう
濃霧は立ち所に晴れ渡り、裸の音楽がむき出しに出現したので余りのことに尻込みしてしまった

Tさん、ありがと〜


この一件があった後、検証のつもりで幾人かの人に話をして見ました

ある人はLinnのCD12を使っていたが、音に芯が出ないことに我慢がならず今はSTUDERのA730 A727をお使いになっている、もちろん現在は満足されている

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さて、ここで考えてしまった

上記の新鋭機は業界ではいずれも高い評価を受けているものだし、ましてエコーが強すぎて音楽が曇るなんていっている人に出会ったことがない

自分には思い当たる節がある
でも、また色々と各方面にご迷惑を掛けてはいけないし、今日は感想は言わないとの思いもあるので詳細には書かないが

現代の思想で設計されたスピーカーやアンプと組み合わせた時に、最新のCDPはマッチした音楽を奏でると言うことだ

これは、音楽収録(録音)現場でも同じことが言える  一例として
1950年頃のピアノのLPと2000年以降の録音を比べてみれば一聴してわかるでしょう



ここに挙げたLUXMANやSONYのCDPがよろしくないと言うことではないのです  当然です
しかし、組み合わせるアンプやスピーカーと、それにも増して聞くCDを間違えると、悲惨な評価になってしまった



残念なのは、多くのオーディオマニアがこの点に対して全くと言うほど無頓着な事です
多くの人が雑誌の評判や、今ならネット上の評価、販売店や先輩の口伝によってなんの根拠もないまま

個々人の好み、イメージ、憧れなどご自身の都合だけで機械を購入し、機械の都合に耳をかさないのであればうまくいかない事が多いと思う

怖いのは自身の選択を信じているから、普段音楽を聞いているだけではエコーの付加を知る事も疑う事も出来ない

前述したTさんはたまたまREVOXと同居して聴き比べたのでおかしいと感じることになったし

次のMさんの場合は、システムを組む相談を頂いていたので忌憚無い処を申し上げたのだけれど、そんな事を言われたご本人は「ナニ言ってんだコイツ」と思ったでしょう

こちらとしても、ただ遊びに伺っていたのならそんな不遜なことは言う筈もないのです




歌は世につれ世は歌につれ  と申しますがオーディオも全く同じで

音楽収録やスピーカーの技術、それを駆動するアンプも全て一本の糸で繋がっているのです

時代があり、そこに生きている人の人生があり全てを包む時代の空気によってです

私の長きに渡るオーディオの時間は
ずーと、そのことの確認の歴史でした、ただの一つの例外もなく







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「すてれお」 の再生

実は以前も同じことを書いたなあ
僕はオーディオを始めてからウン十年同じことを言っているんだなあ
進歩のない人間だとつくづく思う

http://kaorin27.blog67.fc2.com/blog-entry-266.html

メタボパパさんがブログ仲間とやり合っていて、うまい表現を考えてほしい
と言われて書いた記事だ、随分とブログの世界から離れているけれどパパさんは元気しているだろうか?


この「音場」とか「定位」について、またまた愉快な書き物を見つけたので少し掘り下げて考えて見たいと思う


その名もズバリ
「オーディオに定位は不要」と云うのだから、一周回って実に潔くてよろしい!

細かく書くのはもうメンドくさいので、興味のある方は上記リンクの過去記事を読んで頂きたい
それで以上終了なのだけれど、読み物として愉快なのでもう少し掘り下げてみよう


話は簡単だ
ジャスやロックのナマ演奏、クラシックのコンサートのどこにも定位現象はない。


SRを使用する電気楽器とクラシックのコンサートを一緒するところから説明しなきゃいけないのか?と途方にくれるが
少なくともオペラやオーケストラを聞きに行って目を瞑って聞いていても何処で誰が演奏して居るかは、交差点で声をかけられて全くどの方向かが分からなくないのと同じくらいには当然分かる


それは特段ステレオ的な聞き方なんかしなくたって

耳が2個付いている人間の構造上の問題なのだから否でも応でも楽器の所在はわかる・・・と以前にも書いた




ステレオ再生において、”定位”なる概念が生まれたのは、いつだろうか?


その答えは「マタイ」を聞きに教会へ行けばどんな人にも一目で分かるはずです
蓄音器なるものが発明される遥か以前のことですよ

画像検索したのですが、演奏会形式ではマタイの醍醐味を味わえそうな写真を中々見つける事が出来ませんでした
その中で流石!の

マタイ_convert_20180116024910

魂のバッハ・カントル  リヒターです

もう一枚、マーベラスな配置を実現したのは

まったい_convert_20180116024330

やっぱりと言うか アーノンクールでした

Bachはマタイに立体音響の効果を織り込んで=演奏時に立体的に聞こえる音を期待して作曲したのですよ

ステレオレコードで聞く事で、バッハの想いをより正確に受け取る事ができるでしょう




当たり前だが、名盤の宝庫であるジャズ・クラシックのモノラル盤にも定位なんかない。


モノラルレコードを聞くと広大な音場情報が入っていて、それは21世紀の最新優秀録音盤なんかでは足下にも及ばないリアルな再現になります

モノラルどころか、蓄音器でSPレコードを聴いても天井の高さが見えるように分かります

大変恐縮な物言いですが
再生側の微少信号のクオリティが不十分な環境で音楽をお聞きになっている場合には絶対に音場感を認識出来ません



そして、音像は点じゃなく、馬鹿でかく肥大するのが正しい。
何故なら、ナマ演奏の音像はとてつもなくデカいから


これは、個人の自由で・・・といってあげたいところですが

胴の長さが40cm程のヴァイオリンを10m〜15m離れた場所(客席ね)から聴いてとてつもなくデカイ音像に聞き取れるとなると・・・困りましたね  とてつもなく困りました



前略・・この設置を実現できれば、モノラル盤から、演奏家の心が聴こえて来る。
モノラル盤が上手に鳴れば、ステレオ盤はさらに向上することが経験から分かっている。
結果として定位に優れる盤もあるかもしれないが、
演奏家の心が鳴っていれば、定位などラーメンの”なると”と同じようなモノだ



かと思うと、こんな鋭い感性も持ち合わせていたりするので余計に困った事だ

「なると」でも「チャーシュー」でもいいのだけれど、ステレオ再生における定位が勝手に付いてくるナルトのようなもの・・これは良い表現だと思う


音場情報はレコードの中にもう既に入って売っている(実際は入っていないレコードの方がはるかに多い、下記参照)
聞き手がいるとか要らないとか、出すとか出さないとか言うべきものとは根本的に異なる

ナルトもチャーシューも入っているならありがたく食う
好き嫌いやアレルギーとかで食べられない食品がある人は、本当にかわいそうに思う

作り手(ラーメン店主も作曲家も演奏家も同じ作り手)が考え抜いて時には命を削って作ったものは
一見取るに足らないと思う人がいるようなナルトであっても入ることで完成しているのです

聞き手が手前の嗜好で要る要らないなどと言い出すのは、僭越至極だと肝に銘じ厳重に慎むべき事です

あなたはモーツァルトを聞きながら「ここのフルートは要らないな」なんて言いますか?




まあ、結論は

そもそもオーディオに定位なんてありません

定位(音場)情報はレコード(CDでも良いが)に入っています
その情報を聞いて脳が認識した際に、脳内で定位を再生成する人間の脳のメカニズムなのです


オーディオ装置の使い方や能力や特徴とは無関係です
したがって
「これは音場型スピーカーですね」
「バッフルは狭い方が音場作りには有利」だなんて聞くとコメントに困ります、お前が「音場」作るなよー  って



さて、その定位を感じる為には以下のような、極々簡単な条件があります

・2chステレオ録音された音源であること
   ほとんどのJAZZやPOP'sの音源では立体的音場再生は不可能です、レコードに音場情報が入っていないからです
  それらには、パンポットと音量差による多チャンネルモノラル信号しか入っていません


・再生装置が、楽音(ヴォーカルや楽器の音)から40〜50dB小さな音を再現できる能力を持つこと
  理由は、この暗雑音ギリギリの微少信号の中に方向や距離感を再現するための情報が入って居るからです
 それはピアニシモとかシャツの擦れる音などというレベルでは無く、音なき音=空気の動きのような微少信号です



マニアの方と話していると
ピアノは難しいとかオーケストラはもっとむっずかしい と言うのはよく聞く話です

でもそんなのはプレイボタンを押してヴォリュームを上げればいやだって出てきます
何も難しいことなんかありません

本当に難しいのは、耳には聞き取れないほどの  音ならぬ音=微少信号を正しく再生することなのです

淡雪のように、儚く脆く、すぐに壊れて消えてしまいますから







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人真似で買ったレコード・・・結果は?

そうなんです

そろそろお暇しようかと、飲み残しのコーヒーなどをぐいと呷ったその時、レコードにニードルがコンタクトする「ポツ.パツ」という音が聞こえてきました

オーディオとは簡単なものです、ニードルのタッチダウンの音を聞けば全てがわかります
このタッチ音ならば悪い音がするはずがありません

リードグルーブを進む一時のしじまの後に、抑えたしかし力に満ちたアカペラのmezzoが滑り込んできました
カンツォーネかジプシーの音楽の様な悲しみを帯びた旋律でしたが、聞いた記憶がない曲です

1分ほどでしょうか手を止めてその声に聞き入っていました
すると、とてつもない実体感を伴ったギター伴奏が歌手の左奥3mほどの位置から飛び込んできたのです

これには心底びっくりして、何十年ぶりかにオーディオの音を聞いて腰を抜かしそうになりました
ジャケットを見せてもらうと、大して古くもない年代のレギュラー盤だったので拍子抜けしたことをはっきりと思えています


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ベルガンサ先輩の「スペインの歌」  1974年のリリースとありますから最新録音盤!ですね(笑)
伴奏はイエペスのギター一本で全曲をカバーしています

我が家のKlangfilmではギターの胴鳴りの実像が全く及びません、最新録音そのもののスチール弦の振幅しか感じられず、ギター独特の乾燥した薄板が共鳴しあって膨らんだり縮んだりする様子が伝わってこない





その時私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたでしょう
Kさんとオートグラフ・システムの構築に取り組んでまだ3ヶ月ほどしか経っていないのにこの出音は一体どうしたことなのでしょう

ポケーッとした頭で、どうしてこんなことが可能だったのか?遠くにベルガンサを聴きながら考えました



・とりあえず、一回ご自身の趣味嗜好を封印して、機械的な正しい使い方を受け入れてくださったこと

・・・・結局、ラインに入る全ての機材をメンテしてどこにも不確定要素を残さなかった
このことによって、途中「この機械が悪いかも?変えたほうがいいのかも?」とは一度も議論にならなかった


・開始して2週間ほどで音楽の姿に変化が出始めてからは、ご自身の「求める音」「好きな音」という音を良くするために一番障害となる意識を捨ててくださったこと


・当初描いたグランドデザインに沿ってこちらで手配した決して安くはないパーツに対して、100%何の疑いもなく採用していただけたこと
  

・・・・実はこれが難しいことで、部品を買う前から「音が気に入らなかったらどうしよう」「買う前に試聴できないかな?」なんてことを言っている様では全くお先真っ暗だ


以上のことは文に書くことも、まして読むことはとても簡単なことだ
しかし、やれと言われて簡単にできるものではない、ここを理解できずに波乱万丈の(音もお金も)オーディオ人生を送っている人を数限りなく知っている。残酷な、しかし疑いようのない現実だ





一つ、後日談を申し上げて今回のテーマを結びましょう


プリ・パワー間にお手持ちのケーブルを使用して問題が出た、「バズ・ノイズ」を引いている。ならばショートさせましょうとプラグを開いた時、ケーブルを見てとても嫌な気持ちになった
私はケーブルの音の評論なんかするつもりはない。構造を見て良からぬ気配を感じただけ


Kさんに聞いて見た。
「外国のガレージメーカでF◯ Aという会社のもので新品なら10mで数十万円以上するもの」とか

その構造、絶縁体の色や手触りからしてカナレ辺りと同じ工場製だろうか、だとしたら随分と吹っ掛けたものだ

ちょっと変えて見ましょうかと
その時持ち合わせていたバランス・ケーブルは長さが足りなかったので2種類の物を繋いで差し替えた
EMTを買った時におまけで付けてもらった物と、klangfilmのアンプラックをバラした時に一山いくらで買ってきた古いケーブルで、合わせても5千円ほどだろうか?

その時はKさんと、会社のMさんと私の3人がいたのだが、ケーブルを変えて音を出した瞬間に3人とも顔を見合わせていた

一休さんの虎退治ではないが、絵に描かれていた虎がその絵から抜け出して目の前にスックと立っていたから




この話には教訓がたくさん含まれるが、一つだけ・・・・

システム全体の整備が終わりスピーカーから望みうる最良の音楽が出現したその後にケーブルを変えたので意味があった

現状の音に納得できない、好みに合わないなど不満があり
ケーブルや真空管やその他の「テクニック」を使って「いい音にしてやろう」ではいつまでも同じ平面を回り続ける恐れがありましょう



まず、80点の土台を作る
ここに行くまでは必ず数字的な根拠が必要なのです

家を建てるのに設計図もなく、水準器や定規すらない状態で「自分が気持ちよければ」それでいいと工事を開始したのではまっすぐな家を建てることはできません




Kさんの音はこれから10年かけてKさんしか出し得ない音に育って行くでしょう

個性というのは自分から発表するものではない
一心不乱にその道を歩めば、時を経て周りの人から「あの人らしい音だ」と評価されるものです
「俺の好きな音はこうだ」なんてやるのはもっとも恥ずかいことと慎まなければいけません



逆に、Kさんがグランド・デザイン(設計図)を踏み外して好みの音にしようと、ケーブルや真空管を取り替えるならば瞬く間に10点の音に下がってしまいます

音を忘れて、10年間ただ音楽を聴く
その末に恐ろしいほどの個性と響きが付いてくることは小布施はBUDさんのマスターが証明してくれています


それほどにオーディオとは儚く、脆く些細なことで価値を損なう反面

実にシンプルに簡単にいい音がするものなのです

どんな音にするかは、あなたの頭の中で「もう決まっています」それ以外の音は決して出せません















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