音を決めるものは「頭の中」だけにある

この世に「オーディオマニア」と呼ばれる人種がいる
この人たちの99%は

より高級(高額?ハイクオリティ?)な機材を購入して上手に使いこなせば、結果いい音が手に入ると考えているのかもしれない
家計に余裕のある人もない人もせっせとお金を貯めて「グレードアップ」という性能の向上を目指しては惜しみなく大枚を投入するのに対して、会社に着て行くスーツはとりあえず「それらしく見える」ことだけを優先した2着で○万円の大衆的なモノで我慢する
一方、RCAケーブルにはそのスーツの何着分だよ!?という「高級な」ケーブルを家人の目を盗むように買っては悦に入っておる



大変申し訳ないことだろうけれど、あなたの家のオーディオセットの音を左右するのは機材によるのではなく、この考え方が違うんじゃないかなあと今日は申し上げたい



少し前のこと

我が家に、堂々とした立派なオーディオマニアが見えた
うん百万の高級モニタースピーカーに英連邦北部製の最高級アンプに、同じく最高級のクライマックスなネットプレーヤと完全武装のLPプレーヤまで揃え、しまいには幼稚園のお遊戯場ほどもあろうかという部屋に引っ越して、ご本人も

「今の音に不満はない。これでオーディオは目処がたった」とおっしゃったので私は
「これからは、お好きなレコードやCDを集めて楽しまれるだけですね」と申し上げた

すると、どうしたものか(おそらく何かを誤解した=多分我が家でオリジナルLPをかけたので、その金額世界に少々の反骨心を感じていたんだと思うが)急にエキサイトして

「いやいや、音源なんてオーディオの性能に比べたら物の数ではない。
私はたかがレコードに何万円もかけるつもりはない。ディスク・ユニオンの1枚幾らの箱の中ので十分いい音を出せる」

と随分な剣幕でまくし立てた
私の反応は、まあ慣れたものですから
「ああ、そうですね。それはよろしゅうございますねえ」といっておいた

でもね、断言しましょう

五百四十円(税込)のレコードからは、どれほどの装置を持ってしても、五百四十円(税込)以上の価値の音はしません

誤解をされぬように解説すると、さすがの私も
「音源は全てのオーディオ装置に先んじて最も重要なコンポーネントだ」
「やはり、オリジナル盤じゃなければ本当の音はしない」
なんて雑誌に書いてあるような恥ずかしいセリフをいうつもりはありません


一番大切で、何よりも最も先んじているべきはその人の頭の中であり。イヤラシイ言い方を許されるなら、あなたの思考・判断の品格があなたの家の音に大きな影響を与えているのです

五百四十円(税込)のレコードでも・・・とあなたの脳みそが言い出したその瞬間にあなたの家の音は五百四十円(税込)の音で鳴る運命を背負ったのです

逆に、何十万円という幻の名盤を持ったところで、所有欲を満たすためだけにコレクトしその良さを引き出す努力を怠るならば、同じくその家で鳴っている音は「その程度の」音に止まるのです

私の家にだって、特売で買ったレコードは沢山あるし普段ききでよくかけています
TPOで使う時を間違えなければ重宝しています

オーディオ装置やレコードに何千万円、何億を投じようとも出てくる音はその方の脳みその中を超えることは、断じてありえないのです


その方は、その後頭の中を改めて、今では仲間内で「初期版の伝道師」のようなご活躍だそうです
さぞかし素晴らしい音で楽しまれていることでしょう
しかも、以前ほどオーディオをいじくりまわさなくなり、もともと素晴らしい機材が揃っていたのですからいよいよ音質の向上は約束されましたね

めでたし、めでたし





ちょろっとおまけ

このブログでは有名なT氏がある時

どうにも自分の家の音に満足できなくて

「手間賃を払うからさあ
アンプの周波数特性を調べてくれないかなあ」と言って見えた

おお、やっとそっちの方へ目を向けるようになりましたかと、喜んでお引き受けした
案の定 マランツ#7のRIAAカーブは両端でー3dB以上の落ち込みで結構なカマボコであった

合わせましょうか?と声をかけたが、ちょっと待ってくれという

雑誌で読んだことが頭の中でリフレインしたのでしょう

オリジナルの状態が一番貴重なんだあああああ
部品を変えると元の音にはならないんだああああ
オリジナルでなくなると資産価値が減るんだあああ

結局 T氏はからはその後依頼がありませんでした
交換するコンデンサーはブラック・ビューティ使うからと言ったのにです

そして、今でも相変わらず自分の家の音に文句ばかり言っています
ついに耐えきれなくなって、少し前にスピーカーを買い換えたそうです、アンプがあのままなんだから他を変えてもねえ

ほんの少しだけ頭の中を変えることができていたならば・・・



つい最近、一人の好事家と出会いました
我が家の音を聞かれて、自分が最初にすべきことは何か?と尋ねられました

ターンテーブルのゴロを取り除いて、プリアンプをメンテしたらいかがですか?と申し上げました
その週のうちに遠来でガラードとマッキンの初期プリをお持ちくださいました

仕上がったので先週納品に行って来ました
オリジナル・オートグラフはすざましい音楽を出現させました
相当数聞いて来た私が知る限り最高の音で鳴るTannoyに間違いありません
出会ってからほんの3週間でここまで来た方は初めてです

本当に一瞬で頭の中を変えてしまう度量をお持ちの方でした
私よりオーディオのキャリアが長いにも関わらず、一瞬で考え方を変えることができる人なんてそうそう出会えるものではありません


そちらの御宅で最初メンテ前に聞かせて頂いた音を思い返し、現在の音と比べると確信します
機材をメンテナンスすれば確かに、ノイズが減ったりフラットな周波数特性で再生することにより音源の持つ迫力やニュアンスがよりはっきりと聞き取ることができます
スピーカーやアンプを「グレードアップ」することも全く同じですが

しかしオーディオと出てくる音にとってそんなことは些細なもので大きな問題ではないのです
使い手がどのような気持ちで、オーディオや音楽と真摯に向きあえるのか? その覚悟ができているのか?
これこそが、あなたの家の音をあなたの音足らしめる、唯一無二の要因だということなのです


音はアンプやスピーカーが出すわけではありません
その人の「頭の中」にあるものが波動エネルギーになって鳴っているだけなのです


今回は、セキュリティと個人情報の都合上、写真は控えております
読みづらくてすみません






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お買い物で巡るジョンブル魂の真髄 〜 英国旅行 前編

英国は米国と並ぶオーディオ大国です

昔読んだオーディオ雑誌に「一流の音楽家を輩出していない国はオーディオが発達する」と言った素っ頓狂な記事があったのを思い出す、コンサートの質や量に不満があるからレコードにうつつを抜かす輩が多いのだと。その延長線上に日本はあるのだと
後付けの作文としてはなるほどと一瞬納得してしまいそうになるが、目の付け所がピント外れですねえ


人類史上稀なる上質な陶磁器を生産していたのは、元末から明初までの中国と安土桃山から元禄あたりまでの日本というのは一つの見解であるけれども、その時代に一流の芸術家を輩出していないからでも無類の陶磁器愛好家が多数いたからでもない
その問題については、かの北大路魯山人がきっちりと正解を出している

「焼き物を見るとその時代の生産国の趨勢がわかる。焼き物の出来不出来は国の国力そのものなのだ」と

企業でも国でも同じだけれど、メセナ活動や文化、スポーツ振興が盛んになるのは余力があるときに限られる
日本のオーディオ界が活況を呈したのはいざなぎ景気から続く安定成長期(田中政権の列島改造計画が功奏した)故の賜物だ、著名音楽家の輩出とは無関係の純粋に経済活動によるのである

そして21世紀の時代の寵児は中国になり電気機器製造の多くは大陸に移ったが、JBLやTannoyを凌駕する製品がかの地からは到底生み出されそうにない
同時に中国人のバッハやベートーヴェンが出ることもないだろう  

衣食足りで礼節を知る。とは日本の言葉だけれど遊びに使える小金のありがたさは国も時代も違えども何処も同じということだ
渦中の東芝が”あの”サザエさんの提供を下りるかどうかの瀬戸際だそうだ、頑張れ東芝!


オーディオ界に目を戻して見ると、先の大戦が終わって世の中が落ち着きを取り戻した頃から本格的に家庭用オーディオの普及が始まった

1947年にLPレコードの販売開始  ちょうど10年後にはステレオレコードの実用化を達成している

CDの販売開始を1980年とすると、その上位規格であるSACD・ハイレゾが生み出されるまで23年以上かかっていることを鑑みても如何に力が入っていたかがわかるというものだ
その上、その上位規格自体がヨロヨロとして独り立ちできないのはマクロ経済の先行き不透明さが影を落としている
(ちょっと大人の話をすると、10年前にSPからLPへの変革という巨額の投資をした新技術をあっさり改定できたということは業界全体で投資の回収が済んで、且つ利益に転換していたという認識があったからに他ならない)



さて、英国のオーディオ機器を買いました

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右はワーフェデールのW2タイプの最初期型
有名な音場型のW4型=エアーデール3兄弟の末っ子にあたり 唯一の2wayで且つ唯一全てのユニットが正面を向いているオーソドックスな構造を持ちます・・・ということはすなわち最も正しい音場を再現できるということです

このユニットがまた化け物で
ウーハーはチコナル・マグネットを背負い、さらにツィータはアルミボイスコイルを採用する同社の最上級ラインである「SUPERシリーズ」のユニットが奢られています

30cmウーハー
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ツィーター
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このスピーカーは当たり前といえば当たり前ですが音出しから1秒以内で嫁ぎ先が決まりました
今はもう我が家では聞けません。でも致し方ないことです

2017年にこの仕様でスピーカーを作ったら数百万円近いプライスタグが付けられることでしょう
何せ現代は300万円で売っているスピーカーシステムの修理交換ユニット代金が○万円と言われる時代ですからね

1950年代の英国では、たかが電気蓄音機にかけられるコストが現代の数倍はあった、それだけかけても元が取れた時代だったということです

それによって出てくる音の差・・・性能の差と言い換えてもいいですが、申すまでもないことです



一方、左側のスピーカーは私の心の友 Lowther の LIB(ローサー・アイデアル・バッフル)の最も初期のオリジナルです
格子柄のネットが美しいですねえ

ユニットはもちろん20cmフルレンジが1発だけ入っています

音味は大型ホーンスピーカーの音がします
大型の???  ホーンスピーカー???  20cmのコーン型なのに???

大型のホーンの親玉といえば、そうです、蓄音器の音がする稀有なスピーカーですよ、これは
聴いてみないと信じられないですよねえ

その秘密はですねえ
ローサー社は、自社製スピーカー(用途により数種類あるが全て20cmコーン型)のことを「ドライバー」と呼んでいるんです
ボックスに入れたスピーカーではなく「バッフル」または「ホーン」を駆動する「ドライバー」であると

製造者自らが一般的なスピーカーとは異なる意図で作っていると告白しているローサーを鳴らすには相応のお作法が必要になります
オーディオマニア用語でいうとアンプを選ぶということになりますが、もともとスピーカーとアンプはセットで考えるべきであって、全てのスピーカーは生まれながらにしてアンプを選ぶものですから何もローサーに限ったことではありません

その中で、ローサーは少々オーディオマニアのセオリーから外れた使い方を要求されるかもしれません
同時代の英国のちょっと尖った・エキセントリックなスピーカー(QUD ESL  ステントリアンやGoodmansの一部もそうかもしれません)達ももしかしたら同じ傾向があるかもしれませんが、アンプ単体で立派なものを繋いでも少々神経質な薄っぺらい音にしかならない場合があり、海の東の端の黄金の国のオーディオマニアの間ではこれらのスピーカーに対して少々ネガティブな印象が付けられているように感じないでもありません

ま、何事も使い方次第なんですけれど


本日は紙面がつきましたので(笑)
重要なアンプに関しては次回にいたしましょう









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近況など  お買い物で旅する古き良きアメリカ編

昨年の年末から新年にかけて、おかげさまでお仕事をたくさん頂いて、つい無理をしたら長い風邪をひいてしまいました


まあなんとか生きていますが、オーディオに関しては少し更新があります

人生何でも一緒ですが、現在のことばかりに目を向けていては将来のビジョンが見えてこないので、たとえ少しずつでも農地を耕し、種を蒔くようにしています

今現在の自身のオーディオ的原点というか居場所は明確でその点(klangfilmのシステムを自家薬籠中の物とする・・・その時はお別れの時だけど)は揺るぎないが
しかし、自分が「いい音」と思うイメージは一つでは無いし、最新録音、優秀録音盤を聞いてばかりでも無い(むしろその類はいつも失望してばかりだ)
年代やフォーマットに関わらず必要なレコードはいく種類も存在するのでそれぞれを自分の納得できる形で再生できるように常に進化し続けなきゃいけないんだ



以下、この冬に買ったものなどを少々ご紹介します

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いきなりの「スカし」で申し訳ないんですが、この部品は18歳の頃に買ったものです
今でも、我が家を訪ねていただく多くの方にお見せするんですが99.999%の方が

「ふーん、そうなの」と言った反応をされます
本人的には結構前のめりに解説したいんですけれどね、これを見ただけでは何のことやらでしょうね


PICT4692.jpg

で、こちらこそ昨年末に買ったものです
WEのドライバーなんですが、猫も杓子もWEといえば「555」となびく中で、ドードーの登場です
もちろん「555」を買わない、もとい買えない理由は高すぎるからです


だもんで、こちら

永久磁石のマグネチック、しかもインピーダンスは3kΩ近辺ですから一般のマニアには見向きもされません
しかし我が家には以前にご紹介したWE14というこうしたドライバーを駆動する専用のアンプがございまして

http://kaorin27.blog67.fc2.com/blog-entry-303.html

アダプターは30年前、アンプは8年前、そして昨年やっとこさドライバーを買ったと云う呑気さ
でも、タネをまいてずっと水をくれ続けてきたからこそ今日こうして途方も無いモノラル再生ができる喜びがあるのです

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こんな感じでセットしてサウンドボックスを外したクレデンザに繋ぎますわな、するってえと「555」が裸足で逃げ出すという・・・
お後がよろしいようで




続いても、最初は30年以上前に買ったものの写真です

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何の変哲も無い、薄汚れたバリレラのVR-Ⅱです
いくつか持っていた同型機の中で最も出力が高くフラットレスポンスだったのを残しておきました
こちらもマニア諸氏からは評判が悪い一品です

今の部屋を作って、オイロダインと真剣に向き合おうと覚悟を決めた時、ALTECのA-5やWESTREXのアンプと合わせてGatesのプレーヤを処分しました、20年ほど前のことです
その時の生き残りです

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そして最近買ったのはこれ
バリレラに輪をかけて汚れています
もちろん誰からも声をかけてもらえないボッチです

しかし、カバーを「ガバチョ」と開くと

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アンダー・ライセンスド・バイ・ウエスタンエレクトリックのレッキとしたシアターアンプなのです

これにRIAA始め、米国系レコード会社のカーブを入れて(ソケット式に差し替えようかと思う)EQアンプとして仕立てるつもりです


さて、このアンプの技術的な白眉と言いますと

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あら珍しい、DAVENの抵抗切替型のゲインセット・ポテンショメーターなんです
ドイツのものと比べると随分チープなのは仕方ないとして、それでも米国としては異様に気合の入った構造です

いつも言いますが「〇〇だから音がいい」なんて赤子のようなことは言いません
しかし、作り手の気合の入ったものは何かを示してくれるはずです

このアンプは世界中の人からも無視されていたのですがこのポテンショメーターが写真に写っているのを見て即決で買いました
ボッチのおかげでポテンショメーターが単体で売り出されるよりも安く購入できました。ボッチ最強!ありがたいことです

これで、20年以上休眠していたバリレラが息を吹き返すことでしょう
クレデンザをホーンに使うSP復刻盤再生システムはずっと夢見てきたラインナップですからね
今から楽しみです


次回は英国の旅にご案内します、お楽しみに

ジェット・ストリーム・・ジェット・ストリーム・・・・・・歳がわかる








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「美しい」と「キレイ」は違う

一昨年の2月に亡くなられた、先代(十四代)の酒井田柿右衛門さんがNHKの番組の中でお話しになっていた言葉

「美しい」と「キレイ」は違う

この言葉をテーマにいつかブログを書きたいと思っていたのだけれど、書きたいことが沢山ありすぎてとても収拾がつかないので手を付けられずにおりました
今でもきちんと伝える自信はありませんができるだけのチャレンジはしてみましょう

まずは2枚のお皿の写真をご覧ください

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英国の有名な陶磁器メーカーの作で、2000年以降に家人がデパートで買い求めたものです

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こちらは 承応 三歳 (1654か55年)と箱書きされた元箱に入って二十脚揃いでてきたお皿の1枚で
現在の佐賀県有田町の楠木窯で作られたと類推されているものです



英国のお皿は檸檬のような果物と茎や葉っぱを極めて写実的に、そしてお皿の全面に対して均等(シンメトリカル)に配置しています
絵柄としても、また、やわらかな四角を基調としながらも左右には取手の役目もする張り出しを設けた造形も歪みもなく非の打ち所のない綺麗なお皿と言えましょう


対して古伊万里のお皿は、素焼きをせずに乾かしただけの土を直接焼いているので全体的におおらかに歪んで成形されています
釉薬も手で持ったまま「ちゃぷん」と浸けてかけられているので、所々筋状のムラがありますし何より持った時の職人さんの指の跡がはっきり残っています

買う人がそれと知らず、このままデパートの食器コーナーに並んでいれば「なんだのこゆがんだお皿は、不良品だ」とクレームの対象になるでしょうね

味のある絵付けです夫婦の白鷺でしょうか、大きな葉陰で仲良く並んで羽を休めているのでしょう
対象を右側に寄せて置き、反対の左側に余白を大きく開けて野の広がりや高い空のイメージを「何も書かないことによって」表現しています


皆さんは、この2枚のお皿を見てどちらを「キレイ」あるいは「美しい」と感じるでしょうか?
その理由はなんでしょうか?

形の整いはどうか?
絵はどちらが上手か?(上手な絵とは何か?とも言えるが)
色がキレイなのはどっち?

それぞれの人の中に答えはあるでしょう、それはどちらでもいいんです
各人のお好みで選んでいただいて結構




ただ、お皿の「美」の価値を計る段になると、個人の好みとは全く別の世界があります

余談ですが、白洲正子が骨董の道に入って間もない頃

小林秀雄と囲炉裏を囲んで酒を飲んでおりました(青山二郎だったかも?)
やおら小林が棚の中から十ばかり「ぐい呑み」を出してきて囲炉裏の縁に並べると、正子に向かってこう言いました

「おい、お前が高いと思う順番に並び変えて見せろ」

困った正子は、自信なさげに並び替えながら

「お値段なんてどうでもいいじゃない、私は私が気に入ったものを身の廻りに置きたいわ」

その途端小林の雷が落ちたのです

「バカやろう、美の価値を表すのに金額以外の何があるというのだ!甘えたことを言うな」

結果、正子が並べ直した順番に小林はお小言を言わなかったそうですが、正解も教えてはくれなかったようです
金額当てクイズではないですから正解はどうでもいいんです
正子の「美」に対する姿勢を正す為の試金石だったからです

これは目利きになるための「練習」でありますが、言い方を変えると目で見えるもの「外見のキレイさ」と内に潜むもの「美しさ」の違いを見極める為の訓練といえましょう



小林秀雄が正解を言ってくれなかった代わりに、御大 加藤唐九郎さんに「美」の見分け方を語ってもらいましょう


ある時、モノの良し悪しを解るようになるにはどうすれば良いかと問われて

理屈なんか何もありゃあせん
自分の好きな物を持っとって、それがますます好きになるとかあるいは飽きがきて嫌になるとか、そんなことから発展してゆくんだ 
好きなものを見つけたらまずは金を出して買ってみることだ

しかし一財産集めても、いいものはほとんどない。いいものは一生かかっても一つか二つ。
それで毎日お茶を飲んでいるうちに、これはいいなあ、しっくりくるなあと一つだけ選び出せる
数百年も前に作られて、今日の名品になっとるのはみんなそんなもんじゃろう



冒頭に2枚のお皿を見てもらいましたが
200年後にまだ価値のある方が名品なのです・・・簡単なことじゃろ?  by 御大



これはオーディオ機器にしても、レコード(演奏)にしても全く同じことがいえるのです
今あなたが使っているオーディオ機器、聞いている演奏は200年とは言いませんが50年後の人達がどのように思ってくれるでしょうか=50年後、中古となったその商品に我々の子孫はいくら払ってくれるのか?と言い換えてもいい。


あなたが一つのオーディオ装置を選んで買う、1枚のCDを手にするということはすなわち50年後の子孫にその眼力を試されているということなのだけれど、そんな自分が死んだ後のことはどうでもいい

本当に大切なのは
今の自分がクオリティのあるオーディオでクオリティのある音楽を聴いているのか?ということに尽きる



僕が19歳のある夜、その後にオーディオの師匠となる人に出会って
それまでのオーディオ装置(バイト代を全て投入して購入した高級オーディオで、我こそは世界一の音!くらいの勢いだった)を一瞬のうちに全て手放しました

これ以降クオリティの不足する装置で聞き続けることは短い人生の中で、途方もない損失と思ったからです


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そのあと、長いクレジットを組んで買ったのが、中央にあるスピーカー(WE728B と WE713Cの2Way)でした




そして、当時の師匠の年齢を超えた現在の僕はというと
今でも、我が家の装置よりもクオリティの高い装置に出会ったのなら、一瞬の躊躇もなく総入れ替えをする決意だけは些かも変わっていません

残りの人生が(19歳の時より)少ない今となってはより一層切実な問題だからです



最後に古伊万里のお皿を購入するためには、英国のキレイなお皿の40倍以上の金額が必要だったことだけを申し添えておきます

でも、50年後の金額は・・・まだわかりません






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色付けのない音・・・という悪い冗談

株式会社 音楽出版社  CDジャーナルムック  「傅信幸のオーディオ読本〜美しい響きの探求」 より
P122 音の博物館03 データとヒヤリングレポート、どちらがお好き?

より拝借しました、大好きな本なので多くの方に紹介したいと思っての上ですので、何卒・・・何卒

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この六つの簡略化したグラフの要旨を説明すると
ある時評論家の傅さんと欧州で活躍する外国人のオーディオ評論家の方との対談の機会があった

ひとしきりオーディオ評論やジャーナリズムについての意見交換があったのち、ではランチでもと言う運びになってビールなどが入っていよいよ個人的で本音の(仕事抜きの趣味人同士でのという意味)オーディオ談義に入っていく

その中で、大人同士の余興というノリであったと思うが、スピーカーを聴いた印象とスピーカーのお国柄(スピーカー生産国毎の音色イメージと言えばいいか)との関連性をイメージしたグラフが上の図になる

右側 ①、③、⑤ が傅さんの見解
左側 ②、④、⑥ がドイツ人評論家の方の見解   各図の下にどの国のスピーカーの印象についてか書いてある

ここに少し加えると
ドイツ人は自国のスピーカーをフラットだと感じるが傅さんはドンチャリと聞こえると・・・
またイギリスのものはドイツ人にはこんもりと聞こえるが傅さんには高音に特徴がある・・・
そして奇しくもお二人に共通するのが、日本のスピーカーは「ハイ上がりである」と一致した





前回は音を言葉遊びしても中々思うように伝わらないよねという記事でした
それでも、今聴いた音の印象を何らかの形で伝える努力はわかります、傅さんを挙げるまでもなく、オーディオに限らずジャーナリズムの存在、もっと風呂敷を広げれば政治だって言葉の発信がなければ成り立たないでしょう


そこで、今日のテーマですが
自分の中で最も「オーディオの深い闇」を感じる事柄(ワード)についてです

「私は色付けのないオーディオが目標だ」

「このアンプはニュートラルな音色なので好みだ」

「オーディオで色付けすべきではない」

・・・・・・まだまだこのベクトルの発言は多数あるが、全く意味が、と言うか正解がわかりません

冒頭に前提を挙げましたので、多くは語りません

想像するに、オーディオという趣味を続ける上で多くの人が一度は通過する儀礼とでもいうのかな
魅力的に映る「ワード」なのでしょうね

昭和の頃に流行った「原音再生」が形を変えて、今の流行りかもしれませんが根っこは一緒ですね

私にとっては

・我が家のオーディオ装置はスピーカーを含めたトータルで歪率0.000000000000%を達成している
・俺は昨日、鉄で真球のタマを作った
・10年後には月まで歩いていける

これと同じくらい滑稽な話です





****こう書けば云いたいことは伝わるだろうと思っていたのだけれど言葉は怖いので少々加筆****

私が何をわからないかと申しますと

「みなさんご存知の」みたいなノリで「色付けがない」とか「ニュートラル」って言ってますけどのような状態ならばニュートラルなのか、どなたからも具体的な指針をお聞きした試しがないんですね

「お前のニュートラルなんて、あたしゃ知らないよ」と思うから、正解がわからない

それで、実際に音を聞かせていただくとですよ
ハイ上がりに聞こえる御宅もあれば、腰の太い音に聞こえる御宅もあるが、みんな「ニュートラルな色付けのない音」を目指していると仰る

結局のところ「俺の好みの(それぞれの)音」を皆さん出されているだけなのに、なぜそれが「ニュートラル」なのか???
実は全員まだ達成できていないだけで、達成した暁には全員同じ音になるのだろうか? それにしてはクセが強い!

それともオーディオをしていると、いつしか自分が世界の中心にいると思えるのか? (まずは中心の座標をおくれ)

本当に意味がわかりません



********ここまで読んだら、もう一度冒頭に戻って六つのグラフをご覧ください********



鋭い方はもう分かりましたね
遠い異国で生を受け、異なる文化で育ってきた人たちとの間には、当然のことですが異なる音の受け止め方があるでしょう
もちろん同じ日本人だとしても音の受け止め方は十人十色ですよ
DNAも育った環境も違うのだから


あるお宅で音を聞かせていただいている時の私は
私の「耳のくせ」と「脳の感性の個性」を避けて音は聴けないんです

私の癖を通じてしか自分は聞けないし、100人寄れば100通りの癖という耳のフィルターを通じて聞くのだから100通りの「音の感想」があるはずなのに

「ニュートラルな音のアンプ」

「オーディオでは色付けすべきでない」

こんなタワゴトは、人間の耳で音を聞き、人間の脳で音を感じる、という圧倒的な大前提を無視しています

さらに人間の創造物には全て個性=クセ=歪と言ってもいい、があるという大前提も無視している、たかだか300万や500万で買ってきた機器に何の幻想を抱いているんだキミ達は!と思う

それらを全部入れ込んだ上で
「色付けのない音」というワードは特に日本人の男子=お刺身を始めとする和食のように素材を活かした新鮮なものを善として育った=にとっては心をくすぐる麻薬のような単語なのでしょう
これを販売店やオーディオ先輩にささやかれたらイチコロでしょうね

だから深い闇だというのです
さらにタチの悪いことに、「このような根拠でニュートラルである」と誰も証明してくれません
広大で漆黒の誰もいない宇宙空間で「ここが宇宙の中心だ」と叫んでいるだけなのです

おじさんたちにこんなことを言ってももう手遅れですけどね、
若い人たちは、一人前の男になるには元服を過ぎたらこんな神経系のワードから卒業しなければ遺憾と思うのです



私は、心を許せるオーディオの友人とは測定値抜きで音の話をしません
慣れるのに時間がかかりますが、分かってしまえば確度の高い意思疎通が可能ですし
機械に癖があっても(測定器だって機械だからクセはある)毎回同じ癖を出しますからね、それ込みで(逆特性という)評価できます




なので、今日からは

「私の家の音は、私が聞く限り色付けのないニュートラルに聞こえる音という特徴を持った個性ある音色を目指しています」

と、言ってもらえないでしょうか?

それならば、こちらもスッキリと感想を言えます

「僕がイメージする色付けのない音と比べるとかなりハイ上がりに聞こえますが、これは僕の耳のクセですからご容赦を」


しかし現実は

「我輩の音は色付けを徹底的に排したニュートラルな音である故、そちも心して聞くように」 って言われちゃうので

「はは〜、御意に。さすがに鮮度感のある生々しい音(つまり、ハイ上がりでうるせーぞの意)ですねえ、ご立派なりー」
てな感じに答えざるを得ませんがな

なんだか平安貴族の雅な遊びのようです






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