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その後、足はどうなった? どうもなってないんだなー

変わるんですよ、ホンの僅か足の位置を動かしただけでも確かに音は変わるんです。
始めてから10日も経つので、サボってんじゃないかと思われそうですが、これでも一生懸命やってるんです。

現在、AD-1アンプに繋がれているソース側は、LPプレーヤーとCDプレーヤーです。
どちらかだけを聴いて、ホクホクしても片方が酷いことになってはいけませんので、CD、LP同じ物を探し出して聴いています。

それも、同じ曲を交互に聴くのではなく、午後一杯色々なCDを聴いたら翌日はLPだけを聴くように心掛けています。

そうしないと、「CDvsLP」の対決を聞いていることになっちゃいますから。・・・くだらな過ぎ・・・

PICT00.jpg

戦いはあらゆるジャンルに及んで繰り広げられた。(大笑)

では、いったい何を聴いているかというと、やっぱり音場の広さとゆがみの有無なんですね。

しかしですよ、
こうして、強制的な変化を加え続けると、どれ程注意深く進めた心算でも、大変に困った事態に陥ることに気が付きました。
まず、1、2日に1回はどこかが変わっているので、音が全く纏まって来ません。
集中力が皆無なのです。
いつもなら、ダメだなこりゃと思い立ったら何処かの時点で固定し半年くらいは我慢をするのですが、全く我慢の限界を超えるような状態になってしまいました。


途中まで、良い方向に向かっているとご満悦だったのですが、「どれどれ、この辺で落ち着いて、音ではなく音楽に浸って聴くか」と心を入れ替えて聴いていると・・・

全く、楽しくないんです。音が「生きて」いない。(漢字は「活きて」でもいいですね)
しばらく、茫然自失の状態で、原因を考えることも出来ませんでした。

おかしいな、明らかに音は磨かれたように聴こえるのに???
随分と聴いた後、「これじゃあ、遺憾じゃないか!」と決断しました。

結局、幾つかの要素で楽器の音が明瞭に聴こえる状態を選び続けて積み重なり、蝋人形のような美人にしてしまっていたのです。
いくら聴いても、心がウキウキしてこないんです。
どんなに美しくても、笑ったり、怒ったりどころか、まばたき一つしない女性とはつきあえません。

以前に、「音づくりの新常識」という本を紹介したときに、「この本に書いてあることを全てやったら、トンでもない酷い音になるだろうなあ」と感想を書きましたが、正に、それを自分自身でやってしまったのです。
だいたい「音を作っちゃいかんだろう」と思いますが。

オーディオ的表現をすれば
「情報量が豊富で、音に切れがあり、分解能が高まって、細かい音も良く聞こえるようになった」
と、素晴らしいことばかりなのですが、これを追求しすぎると、どこいら辺りからか「人間の営み」感が薄れてくるように思いました。

我が家のヘボイ音でも、唯一感心していたことは
「レコードの針を落とした途端、演奏会場の独特の空気に包まれる感じ」でした。
東京ドーム内のカクテル光線や川崎競馬場の夜開催(こちらは入ったことが無く、場外から見た感じ)のような浮世離れした空気感を、例えレコードの無音の溝を針が擦る音であっても味わえることでした。

しかし、その空間のイメージが消失してしまったのです。


やっぱり僕も、「はっきりした音」を聴きたいという潜在的な願望があったのだと思います。
でもそれは、演奏会で感じる「得もゆわれぬ幻想的な情景」とは無縁のものだと気付きました。

自分が何の為にレコードを聴くかということは、明確に判っている心算です。
(悪い言葉で言うと)その後はドンドン、分解能の悪い、情報量の少ない方向へ戻しています。(笑)・・・つづく


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