聴く力 その2 血と音と
先日、信州の名刹善光寺の本堂内で行われたコンサートに出向いてまいりました。
なにやら、長野市は音楽の都ウィーン市と友好都市だとかで毎年行われているそうです。

その名も 「御奉納 演奏会」
今年はウィーン交響楽団を中心に活躍される比較的若い弦楽四重奏団の演奏で
モーツァルトの「不協和音」 ハイドンの「皇帝」から1,2楽章。
その後ウィンナワルツと日本の唱歌を編曲した物でした。
本堂内陣はざっと100畳ほどの空間で笑っちゃうほど天井が高い!
伽藍などが不規則に空間を埋めていて、主催の文化会館学芸員の方の話だと「県内でも有数の音響」ですって(笑)
さて、抽選に当った僕は、善光寺脇にお住まいのY氏と共に会場へ・・・運よく中央のステージから7−8mの位置に着席(おすわり)できました。
演奏はまたまたウィーン風。
パンフレットによると4人ともウィーンで勉強して、他の地域にはあまり出ていないようで、血が濃いのがわかります。
そういえば、今年に入って、「ウィーン響」「シェーブルン宮」と今回。どっぷりウィーン浸けだったなあ。これも友好提携のおかげかしら。
演奏は場のリラックスと曲の緊張感のバランスのとれた良いものでした。
特に1stの ビルギット・コーラ女史は、普通ならこんなに近くでは決して聴けないクラスの達者な弾き手です。
(資料を見たら、VPOのコンマスだったキュッヘル教授のお弟子さんで、オーストリー国立銀行所蔵のS・セラフィンになる18世紀のヴァイオリンを貸与されて使っていた。こりゃ、本人も出てくるサウンドも本物だわ)
では、オーディオ的な感想も少々。
弦楽四重奏の、特に古典派の楽曲では、オーディオで言うところの「低音」も「高音」もほとんど聞こえ無いわね。
つまり、チェロの音はハーモニーの中に溶け合っており、独立した低音とは聞こえていないです。
わずか旋律を受け持った時だけ「チェロもがんばってんなあー」と分かるって感じですね。
1stのヴァイオリンでも高音を意識させる高さ、強さの場面は数えるばかりです。
兎に角、薄く乾いた木の音=つまり中音域のハーモニクスが耳に残ります。
そして、いつもの台詞が口をついて出てしまいました。
「やっぱり、A−5の音は間違いないなあー」
もし、これからの人生でまだ頑張ねばならぬ場面が来るならば、A−5を使う部屋を建てることをモチベーションに頑張る!
あの弦楽器の、薄く、軽く、乾いた音のハーモニーは、恐らく西欧文化そのものなんでしょうね。
水鳥の羽で頬をなでられるような感触は、曙に遠くから響く猫の声のようにも聴こえました。
翻って考えると、日本人の心や耳の中の奥底には「笛(テキ)」や「笙(ショウ)」等の雅楽の音が備わっているのではないでしょうか。
それらの、清んだ空気を切り裂くような燐とした音色は、
僕が日本のオーディオは高音が強すぎる。と思い続けていることと共通の根っこがあるのではないかと思い至りました。
僕らは、今日もオーディオの音を弄ります。
少しでも良い音にしたいと悲愴なまでの思いを込めて。
音の調整一つひとつは、小さな影響力でしかないのに結局のところ出てくる音は、その人の内なるDNA情報や生い立ち、人柄を表す物になるのは間違いありません。
五味康祐さんがかつて、オーディオの目的は「音の自画像」を書き上げることだと言われた由縁だと思います。
私を含め、現在95件のピュアオーディオ・ブログが参加している、ブログ村オーディオカテゴリーへのリンクです。
是非覗いてみてください。ウエスタンや自作アンプ、自作スピーカーの情報が盛りだくさんです

にほんブログ村
同じく、現在315件のクラシック音楽ブログが参加しているリンクです。歴史的名盤から、ニューリリースの感想まで、私もレコード探しの参考にさせて頂いています。

にほんブログ村
なにやら、長野市は音楽の都ウィーン市と友好都市だとかで毎年行われているそうです。

その名も 「御奉納 演奏会」
今年はウィーン交響楽団を中心に活躍される比較的若い弦楽四重奏団の演奏で
モーツァルトの「不協和音」 ハイドンの「皇帝」から1,2楽章。
その後ウィンナワルツと日本の唱歌を編曲した物でした。
本堂内陣はざっと100畳ほどの空間で笑っちゃうほど天井が高い!
伽藍などが不規則に空間を埋めていて、主催の文化会館学芸員の方の話だと「県内でも有数の音響」ですって(笑)
さて、抽選に当った僕は、善光寺脇にお住まいのY氏と共に会場へ・・・運よく中央のステージから7−8mの位置に着席(おすわり)できました。
演奏はまたまたウィーン風。
パンフレットによると4人ともウィーンで勉強して、他の地域にはあまり出ていないようで、血が濃いのがわかります。
そういえば、今年に入って、「ウィーン響」「シェーブルン宮」と今回。どっぷりウィーン浸けだったなあ。これも友好提携のおかげかしら。
演奏は場のリラックスと曲の緊張感のバランスのとれた良いものでした。
特に1stの ビルギット・コーラ女史は、普通ならこんなに近くでは決して聴けないクラスの達者な弾き手です。
(資料を見たら、VPOのコンマスだったキュッヘル教授のお弟子さんで、オーストリー国立銀行所蔵のS・セラフィンになる18世紀のヴァイオリンを貸与されて使っていた。こりゃ、本人も出てくるサウンドも本物だわ)
では、オーディオ的な感想も少々。
弦楽四重奏の、特に古典派の楽曲では、オーディオで言うところの「低音」も「高音」もほとんど聞こえ無いわね。
つまり、チェロの音はハーモニーの中に溶け合っており、独立した低音とは聞こえていないです。
わずか旋律を受け持った時だけ「チェロもがんばってんなあー」と分かるって感じですね。
1stのヴァイオリンでも高音を意識させる高さ、強さの場面は数えるばかりです。
兎に角、薄く乾いた木の音=つまり中音域のハーモニクスが耳に残ります。
そして、いつもの台詞が口をついて出てしまいました。
「やっぱり、A−5の音は間違いないなあー」
もし、これからの人生でまだ頑張ねばならぬ場面が来るならば、A−5を使う部屋を建てることをモチベーションに頑張る!あの弦楽器の、薄く、軽く、乾いた音のハーモニーは、恐らく西欧文化そのものなんでしょうね。
水鳥の羽で頬をなでられるような感触は、曙に遠くから響く猫の声のようにも聴こえました。
翻って考えると、日本人の心や耳の中の奥底には「笛(テキ)」や「笙(ショウ)」等の雅楽の音が備わっているのではないでしょうか。
それらの、清んだ空気を切り裂くような燐とした音色は、
僕が日本のオーディオは高音が強すぎる。と思い続けていることと共通の根っこがあるのではないかと思い至りました。
僕らは、今日もオーディオの音を弄ります。
少しでも良い音にしたいと悲愴なまでの思いを込めて。
音の調整一つひとつは、小さな影響力でしかないのに結局のところ出てくる音は、その人の内なるDNA情報や生い立ち、人柄を表す物になるのは間違いありません。
五味康祐さんがかつて、オーディオの目的は「音の自画像」を書き上げることだと言われた由縁だと思います。
私を含め、現在95件のピュアオーディオ・ブログが参加している、ブログ村オーディオカテゴリーへのリンクです。
是非覗いてみてください。ウエスタンや自作アンプ、自作スピーカーの情報が盛りだくさんです
にほんブログ村
同じく、現在315件のクラシック音楽ブログが参加しているリンクです。歴史的名盤から、ニューリリースの感想まで、私もレコード探しの参考にさせて頂いています。
にほんブログ村
コメント
コメントの投稿
トラックバック
http://kaorin27.blog67.fc2.com/tb.php/209-61b43e3a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



