オーディオに出来ること  これは序章です

メタボパパさんのブログから、私たちの共通認識に有る「定位」とか「音像」について上手い表現を考えてねって提案があったのですが、おいそれとは出てきません。

それで困った挙句、なぜ上手く表現できないかを考えました。(中々賢いでしょ?)


これは簡単でした。
雑誌での評論文を読んだり、多くのオーディオをされていらっしゃる方と話しをさせて頂き、その方々が認識している「定位」の意味あいと、私の認識が決定的に異なっているからです。

一般的に「定位」とか「音場感」という言葉が使われるのは、オーディオ装置の性能や特性について語られる時でしょうか。
例えば、音場型のスピーカーはステージ感が良く出るとか、最新Hi-End装置の発する(気持ち悪いほど)のリアルな音場感といった表現ですね。



私はそれとは全く異なる意味で考えていますから、話が合わないんです。

まず前提としてこれは何時も言うことですが、アンプにせよスピーカーにせよオーディオ機器の中には一音たりとも音は無くて、全ての音や音楽はレコードやCDの中だけにあるという当たり前の事があります。

ですから、「定位」や「音場感」という言葉はレコードの中身に向けられたものです。


小難しい言葉で恐縮ですが、2チャンネルステレオ録音時の「時間差による位相差=ざっくり言って2本のマイクでピアノとヴァイオリンを録音するとき、2本のマイクと各楽器との距離が違うので音が届く時間にホンのわずか差が出るためにピアノとヴァイオリンの位置関係を記録できる理屈と考えて下さい」が楽音と供に位相情報として記録されています。

これが正しく再生され、聴く人の両の耳が正しい状態で機能しているのであれば、人は好むと好まざるに係わらず「時間差による位相差」を聴き取るので収録時と近似な空間表現を脳が自動的にイメージ(再生成)する。
ただそれだけのことです。

オーディオ装置をいじってどうこうする事ではなく、脳が勝手にイメージするものです。

人間は目をつむっていたって、どの方向から呼びかけられたかは分かる。
これは人体の構造上、機能上の出来事であって、音質とか音の好き嫌いとかオーディオの性能とは一切関係ありません。

インスタントコーヒーやカップラーメンにお湯を入れると、どのお宅でも同じ食べ物が出現しますでしょう。
レコードの本質は1880年の昔から、カップラーメンと何一つの違いもないのです。自明な事です。


ただし、その位相情報は楽器の直接音に比べ、50dBも低いレヴェルですから、キチンと再生する事は中々難しいですね。

メタボパパさんが、「定位を意識している間は、音がまだまだの状態だ」というのはこのことでしょう。
聴こえないものを探しているのですから。
そんな微少信号さえ再現できるオーディオセットならば、定位を意識する必要は無いでしょう。間の前にそれが明確に存在するのですから。

逆にそのような付帯情報(ホールで演奏すれば必然的についてくるもの)は無用だと思って、装置の方で切り捨てるとしたら。
それは単なる情報の欠如、すなわち再生能力の不足です。

実際にそのような音をわざと作っている現場もあります。電車の中のアナウンスは雑音の中でも聴き取りやすいですが、
あれはHi-Fi過ぎると聞き難いのでフィルターを通して聴きやすくしているのですね。
すると、微少信号の倍音は無くなりますから、車掌さん毎の声色の個性はなくなり車内アナウンスはみな同じ声に聞こえます。

もしこれが音楽鑑賞ならば、同じfの音でも、フルートなのかヴィオラなのかはたまた他の楽器なのか区別が付き難い状況です。
これは以前に「二流の音楽家は~」で記事にしたマーラーの言葉の繰り返しになってしまいますね。




さて、オーディオ面でこの「定位」を扱うときに一つだけ、しかし決定的に大きな問題を含みます。

雑誌などの試聴記でも、POPSのような曲を聴いて音場とか位相と申される例がありますが、これらの音源(CDなど)は、以下の理由によって上に挙げたステレオレコードとは別のモノと捉えるべきです。


皆さんもTVの音楽番組などで時々目にされるでしょうが、ヴォーカリストがマイクの前に立ち、金魚すくいのうちわみたいの越しに歌って収録してますね。
あれはモノラル収録です、1本のマイクで唄を録りますから「時間差による位相差」は発生しません。

同様に、10個の楽器や唱を入れるときには、モノラル10トラックで別々に録ります、
けれど、まさか10チャンネルCDで販売する訳には行かないので、その後トラックダウン⇒マスタリングと経て10個の楽音を電気的に=ツマミ一つで左右2チャンネルに振り分けるのです。


このような収録方法は「マルチモノラルの2チャンネル」であって、先に挙げたような収録会場に演奏者を集めて、マイクを2本立てて「せーーーの」で録った録音のような「時間差による位相差」の情報が含まれていませんから、ジャケットには同様に「ステレオ」と表記されますが根本が異なるものです。

現代の殆どの楽曲、またJazzに関してはモノラル時代からオンマイクで「ツバのかかる距離感」が尊ばれた歴史もありますから元々位相差によるステレオ録音は稀であったようです。


以上のことから結論を申し上げると、
マルチモノ2チャンネルのソフトは元々「定位」や「音場感」を表現する情報がありません。
左右の音量差による振り分けと、相対的な音量の大小による前後の距離感があるだけです。

よって、こうした音源を聴いて元から入っていない「定位」とか「音場感」を申し上げる事はありません。
ステレオ感=2つのスピーカーの前後左右に楽器が並ぶ感じは当然ありましょうが、それは私の言っている音場感とは異なる現象と捉えています。


また、昨今のクラシック録音では比較的オンマイクで収録した音源に、我が愛するEMT140とか絶妙のエコーマシーンで人工的に残響音を付加して空間の拡大を図ったものも多いと思います。
しかし、これも同様に位相差による空間感とは異なる感じを受けます。

以上、音楽録音の特徴を2つに大別して述べましたが、マルチモノだから音楽が聞けないとか、レコードとして低俗だとか言う物ではありません。

音楽を鑑賞するという側面だけで述べると、私はモノラル録音の物が時間的には一番長いのです。
ですから、むしろモノラル録音に愛を感じておりステレオ感に関してはあまり頓着している訳ではありません。

ただ、ステレオの音場感とかを論ずる時には、録音形態により分けて考えるようにしています。




さて、1970年以降、日本経済は過去に例を見ないほど堅実で長い経済成長を享受し、それに伴い「ステレオセット」の家庭への普及も急進したのです。

その当時は私の周りにも沢山の「ステレオ愛好家」がいました。
しかし、それらの中で殆どの人は(実質残った人は0人)オーディオから離れていきました。
現代も特に若者のオーディオ離れ、お手軽音楽鑑賞の風潮はこの先の音楽文化の維持に懸念を感じさせます。

こうした流れを説明する能力は私にはありませんが、結局の処、音の追求を楽しんでいた人はこの趣味から去っていったように思います。
オーディオいじりは確かに楽しいものですが、それとて人を引き止めるには限界があります。


しかし、音楽に傾倒し、位相差によるステレオ再現(私が天使の音と呼ぶ状態)を一度でも体験した人はおいそれとは離れられるものではありません。人生観が変わると言っても良いかもしれません。


オーディオセットは、単に音楽を楽しむ以上に、その先にあるものを示す力のあるものです
このことを一人でも多くの人に体験して頂けると、文化の継承という面でもよいと思うのですが。



一方、ハッキリ、クッキリと音を聴きたいと言う欲求自体は私も痛いほど解りますし、ここ40年のオーディオの歴史そのものだと思います。
しかし、ただ音をハッキリ・クッキリ聴きたい欲望の行き着く先は、


アニメ「甲殻機動隊」にありそうな
楽譜チップを購入して外部メモリーへ保存 ⇒ コードを伸ばして首筋にあるコネクターにセット

こうすることで直接電脳に音楽データを転送できます。
これが最もロスレスな音楽鑑賞の最先端スタイルです。  なんて広告がでるんだろうな、2035年には。

そいでもって、オーディオマニアは電脳に送るコードの音質評価とか、店頭で試聴とか仕出かすんだろう。
でも、楽譜チップの性能が上がりすぎて、実際の演奏家は一人も居なくなる

正に「水は低きに流れる」ということだ。昔の人は悪貨は良貨を駆逐する。といった。
オーディオ衰退の最大の理由はこれなんでしょうね。

この方向性は先に述べた、オンマイク+マルチモノ+人工エコーと近い思想があるのです。
歴史はきっと繰り返すのでしょう、今以上にオーディオに取組む人は減少し、社会全体が音はとりあえず聴こえればいいやとなって音楽文化はヒーリングのBGM程度に集約するかもしれません。
どの道この方向性にクラシックを聴くオーディオの将来はないでしょう。


そうです。少なくともクラシック音楽の鑑賞についてはこれでは 「明確」にダメなのです。
巨匠フルトベングラーがその著書で明記しています。

長くなりましたので、続きは次回にします。




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コメント
録音されたモノラルを集めたマルチチャンネルソース、更にそれを調整卓(今はPC画面上の疑似調整卓?)で混ぜて作られた2チャンネルと、二本のマイクで録音されたステレオとは、結果としての2チャンネルではあっても別物だとのご指摘に溜飲の下がる思いです。(当たり前の事ですけどね)
こうしたご指摘以前の酷い状況で録音される音楽の好きな私は、クラシック音楽の状況が羨ましくて仕方ありません。
2011/05/25(水) 11:20 | URL | kawa #EnGitwzo[ 編集]
kawaさん、こんにちは、コメントありがとうございます。
ご無沙汰してしまい申し訳ありません。

クラシックに関しても、近年は中々厳しい状況であるようです。
業界にお金がなくて長時間のセッションを行えなくなりました。
古いレコードを追いかける気持ちも致し方ないかと思います。

仰る通り、以前なら誰でも分かっていそうなことを、こうして偉そうにブログに
書かなければならない時代に21世紀はなってしまったようです。

20世紀は遠かりき。ってことですかね。
かっこ悪いですね、19世紀は遠かりき。ならステキなのに。
2011/05/25(水) 11:52 | URL | kaorin27 #-[ 編集]
こんばんは

早速覗きに来ましたが、自分の書いた内容が恥ずかしくなりました。
同じテーマなのかもしれませんが、鋭さと説得力が違いすぎます。
聴く音楽によって、定位の意味が異なるとも書こうと思っていたの
ですが、書かなくって良かった~って思いました。
2011/05/25(水) 23:36 | URL | メタボパパ #-[ 編集]
とんでもないです。

フランケンシュタインみたいな文章で恥ずかしい限りです。
でも多分、体験していない人には何も伝わらないんでしょうねえ。
あの感じ・・・その最中は定位なんて観念はゼロですよねえ。

ああーー、男女で例えバナシをしたい。でもキタオ先生ほど人物が
出来ていない私がするとエロくなるだけだろうから、控えます。
2011/05/26(木) 00:31 | URL | kaorin27 #-[ 編集]
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