人さまの家の音が良くなると言う事

これは大きな問題だ。
これは大きな問題だ。ニ度繰り返す

僕の若い頃は考え無しでお節介だったから、他のお宅へお邪魔した際に「ああすれば音が良くなるんじゃないかな?」なんてことをずうずうしくもご開陳に及んでいた。
長じて自分の「良い音」とほかの人の「良い音」は違う。ということに気付いて以降そんなお節介は止まった。

しかし、今になって思い返してみると
自分の家の方が「良い音」で鳴っているという思い上がりが心の底にあっての行動だったように思う。(恥ずかしい限りだが多くの人がそんな勘違いをする時期があるのじゃないかな?)
ただし、天地神明に誓えることだけれど、本心から「良い音で聴いてもらいたい」という邪推のない動機でお節介をしていた事だけは胸を張って言える。


さて、今日の話題は先週の週末の事。
何度かこのブログに登場いただいているYさんにお孫さんが誕生したりで久しぶりにゆっくりお邪魔する機会があった。

実は、Yさんのオーディオはこの1年ほどで激流のような変化を見せている。

聞いただけでも、ウーハーを励磁型にして
WE555のホーンをWE3型朝顔ホーンにして
ネットワークを巨大なコイルやレンガのようなコンデンサがムキダシの業務用のものにしたり
RCAのオルソン教授が係わった時代のアンプを導入したり・・・

こうした一連の変更が一段落して落ち着いてきたということだったが。

111105_173053.jpg
暗い中で携帯での撮影で失礼します。




もしかしたら、これはヤバイかもしれない。一聴してそう感じた。
機材を変更した等といのは、どうでも良いことなのだ。
音楽がスピーカーを離れて、自らの意思で躍動しているではないか。

僕は何度も書いているように装置の音色を聴くようなことはない、いつも「音楽の姿」を聞いているだけ。

「これは世間で言われるところのWEの音の範疇を超えていますね。」このように感想を伝えるのがやっとだった。
誇張でもなんでもなく、
絶好調だったころのEurodyn(パーマネント)と極めて似た音楽の提示のカタチだった。

やっぱりそうだったんだ。
ピックアップが正しく拾って、アンプが律儀に増幅して、スピーカーが間違いなく振幅している装置をきくと、異なるスピーカーだってビックリするほど同じ音に聴こえる。
その想いを確信させてくれる立派なプレイバックだった。

マニアの人の話や雑誌の記事では、機材を変えると「ここが違う」「あそこも違う」と音の違いばかりを聞き分ける事をなぜかエライとする風潮があるけれど、いつも巨大な違和感がある。(まあ、ジャーナリズムはビジネスとして仕方の無い部分もあるだろうけど)

同じレコードで比較試聴するのならば、出る音は「違わない」方が歪(つまり機械の不備)が少ないのは証明の必要の無い極めて単純な理屈ではないか?



さて、余計な話は置いておいて、このように人さまの家の音が本当に良くなってしまった時に、僕は心から喜べたかが「大きな」問題なのだ。

若い頃はあれほど「音を良くしてあげるよ」なんてふざけたお節介をしていたのに。
本当に良い音を聴いてしまったら、心はチジに乱れ・・・なのだ。

これは中々に出来ない経験だった。
素直に「やられたなあ、悔しかった。でもいいもん聴かせてもらった、うちも頑張らなきゃ」と書いて今日の報告は、おしまい。




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