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一時反射音の処理実験 その2

左右のスピーカーからそれぞれの側壁までの距離が不均衡であり、特に高域にて定位が定まらない(様な気がする)という懸念に対して吸音・拡散の実験を始めたというのが前回の記事。で、今日はその続き。



僕がオーディオ(再生音)で気を配ることは幾つかあるが
スピーカーユニットから、直接音を聴いているような印象を受ける事は何としても避けたい。
音像は常にスピーカーとは無関係に数10メートル彼方にあって、悠々と音楽を奏でてもらいたいと願っている。




さて、仮の設置であるが対策をして一通りSymfonieやOperaを聴いて、なるほど音離れが増してソロ楽器も全体に溶け込むように感じられた。

その状態の音を聴きながら以前にお伺いしたお宅で、壁という壁にQRD拡散板のような(ただし桟のピッチが同一なので効果は異なるのかもしれないが)板が所狭しと張り巡らされた部屋で聞かせて頂いた時の音を思い出した。
もちろん、板は斜めに組まれて定在波も考慮してあった。

POPS系の音楽が中心だったが、さすがに響きの廻りが良く歌手がそこに立っていると言うよりも、歌声自体が室内中に放出される感じがしてこのような音の世界もあるのだと感心した経験が甦った。
前項でamberさんが音像の存在を感じにくくなった。と仰った感覚に近いのだろうか?

おそらく、唇がマイクに触れるような近接した録音方法に寄る処、大であったろう。
マイクから音源まで距離のあるクラシックの録音では、畢竟、音源は小さくなり、方向感や音像の定位をより強く感じるのは道理だろう。

仮設とはいえ、一時反射の対策をした音は、何となく上記のお宅の雰囲気に近い印象になる。
そんなことを考えながらもう一度ホロヴィッツをかけて見た。

PICT0816.jpg
最近の自分トレンドで、80年代のデジタル時代のLPも買い始めた。その辺りの事情はまた別の機会に。



結論から申し上げると、
表現は難しいのだが「角を矯めた・・・」というのだろうか、僅かな変化だけれど優等生の音になったように感じるのだ。

では、「優等生の音」とはなんだろう、
少し古い話でしかも別のピアニストのエピソードで分かりづらく恐縮だが、名ピアニストのA・コルトーさんがショパンコンクールの審査員をしていたときのこと。
同年ブッチギリで優勝したのはテクニックで鳴るM・ポルリーニくんだった。

コルトーさん曰く、
「僕が一晩ピアノを弾けば、弾き逃した音を集めて1曲できるだろう。
その点ポルリーニ氏は1音たりともミスタッチをしなかった。だけどねえ、僕の音楽にはポエムがあるんだよ」
(薄い記憶で、意味だけをお伝えします)

コルトーさんやホロヴィッツは現代のコンクールに出たら驚かれ、尊敬されるかもしれないが優勝は出来ないのじゃないかな。
優等生の音はその反対で、ソツが無くて踏み外さないって感じ。


これを確認したくて、左右の対策を入れ替えたり、外したり。
この他のそれっぽい材料を見繕って貼り付けたりして、また音楽を聴いてみた。
おかげで、およその原因と結果の因果は把握できたように思う。その話はまた次回に譲ろう。




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