ヴィンテージ人気の秘密?(オーディオに限らずの話)

中国の清朝時代に作られた壷が、56億円以上で落札された。と少し前の新聞にあった。

ゴッホの絵画なんて著名作家の芸術品は言うに及ばず、古いものの評価は研究が進むと共にうなぎ上りに上がってゆく。
その世界を見ていると、「骨董」なんて年寄りの金持ちの趣味かと思っていたらなんのその。
流通ビジネスの業界や、美術品の修復といった職業にも若い人が沢山携わっているようで大変に心強い世界のようだ。
とは言っても、業界内ではどこも後継者不足や(多分)天然の漆が少なくなったとか漆喰は絶望的だとか悩みは耐えないのだろうと思う。



さて先日来話をした人は長くお寺の住職を務めてらしたが、この春に息子さんに跡を譲って隠居をされた。

その元住職と食事をしている時に、最新式のオーディオ機器は好き嫌いは別にしても性能の向上は間違いないのに、何故購入にいたらないのか?という疑問を投げかけてみた。

私自身はかつて仕事上大変に多くの新型のオーディオに触れて聞いた時代がある。
その結果の「戦前オーディオ派」だから、上の疑問も根強く心に持ち続けている。

元々出てくる音質自体はどうでも良くて、一流品なら古くても新しくても構わないのだけれど、どうしても手が出ない。という気持ちをお解かりいただけるだろうか?



さすが!元住職。 見事なお説法で長年の疑問を解決してくれた。


それはね、金ぴかの新しい仏さん(仏像のこと)を見ても何となくよそよそしい、作り物っぽい感じを受けることがありましょう?
それに比べてむかーしに作られた仏さんの方が、何となくありがたい感じがしますねえ。

414px-Maitreya_Koryuji.jpg
弥勒菩薩半跏像 「宝冠弥勒」     広隆寺 京都 伝7世紀の制作当時は総金箔貼

しかし、仏像としてみた場合にそれら自体には大きな違いが無い。
結局のところ、その仏さんに手を合わせた人の数、仏さんが想いを受け取った数。
更に言えば、どれほどの人の気持ちを救ったかがその仏さんのありがたみになっているんですよ。

だから、古い仏さんの方がありがたいと思うのでしょうね。

ならばスピーカーも同じ。
音楽を聞かせることで、どれだけ多くの人を笑顔にさせたかによって、たとえ機械でもスピーカーの持つエネルギーが違ってくるんでしょうね。・・・・・ありがとうございました。合掌







追伸

この話を聞いてもう一つ気がついた事がある。

現代作家の陶芸作品や現代スピーカーというのは全てが名品として後世に残る訳ではないのだから、ある種の博打というか「青田買い」の要素があるということ。これを見極めるには相当の眼力が必要だぞ。

やはり時代時代に芸術家がいて、それを庇護するスポンサーの存在があるのだろう。
現代陶芸も現代オーディオもそうした好事家の人に支えられて発展する事を(自分にはその甲斐性はないけれど)願ってやまない。







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